夏を控えて
「夕神さん、今度みんなでプールに行くんですよ!」
通りがかったスポーツショップの店頭で、心音が水着を突き付けながらそんなことを言った。
「……それでェ?」
「新しく水着を買いたいと思います!」
「さっさと買え。メシ食うために出てきたんだろ」
そっけなく言うと、心音が頬を膨らませた。
「……相談に乗ってくれてもいいじゃないですか」
「わかった。好きなヤツを買え」
「うーん。このワンピースタイプは泳ぎやすそうですし、こっちのセパレートはデザインがすっごくかわいいんですよね」
「……わかった」
懐からサイフを取り出そうとしたら、心音が腕を掴んできた。
「ゴメンナサイ。わたしが悪かったです。わたしが買うから一つにしぼりたいので、相談に乗ってください」
「面倒くせェな」
「面倒くさいからってわたしを甘やかすのはやめてください!」
「で、どれだって?」
深い溜息を吐き出しながら、心音が突きつけてきた水着を改めて見た。ワンピースの水着は、濃紺にイエローの筋が入った、競泳用のようなそっけないデザイン。しかし生地が薄く、その分身体に張り付いて水の抵抗をなくしそうだ。心音の体力ならスピードもよく出るだろう。
「却下」
「なんでですか?」
「お前ェ、コレ着て泳いだら沖まで出るだろォ」
「行くのはプールですし、心配するのはソコなんですか?!」
「こっち見せろ」
もう一方のセパレートの水着は。ビキニというやつだった。少なめの布地を飾るのは黄色と白のストライプで、心音に似合う柄だと言える。
「却下」
「なんでですか?!」
「もっと肌が出ないヤツにしろ」
「水着ですよ!?」
「……ダイバーが着る……」
「プールでウエットスーツ着てるひとなんて見たことないです!」
「じゃあ部屋で大人しくしてろ!」
遊びに行くこと自体を反対すると、心音の頬が、ぷう、と丸く膨れた。機嫌が下降しているのがわかる。
「……じゃあ夕神さんの部屋で大人しくしてます」
「おゥ、そうしろや」
「ミヌキちゃんとアカネさんと一緒に」
「なんでだ!」
「一緒に遊ぶって言ったんです!」
『ワカラズヤー!』
胸元からモニ太までもが電子音で抗議してきた。いい加減、腹も減ったし、心音の機嫌も損ねたくない。
「……こっちの方が、似合う」
ビキニの方を手渡してやると、心音はころりと態度を変え、にんまりと笑った。
「そっか。エヘヘ。夕神さんは、こういうのの方が好きなんですね」
「言ってろ」
『スナオジャナイナー』
「さっさと買ってこい」
「はーい!」
心音はもう、機嫌良さそうに笑って、跳ねるようにレジまで駆けて行った。と、その途中で、こちらを振り返る。
「あの」
「ン?」
「夕神さんには、一番に見せてあげますからね!」
心音は大きく、にかり、と笑ってまた駆け出した。やれやれ、光栄なコトで。
溜息を吐き出して、ふと、自分の口角が上がっていることに気付いた。
……やれやれ。自分も随分、単純なモノだ。
「……さて」
心音が水着を取り出した売り場を見て、ひとつ商品を取り出す。
──最近は、水着の上から着る水着、というのがあるらしいではないか。
これで、心音の肌を見るのは自分だけになりそうだ。
ほくそ笑んで、心音にバレないようにレジへ向かった。
『夏を控えて』Closed.