秋の味に踊る男ども

 

 パリパリに焼けた皮に箸を入れると、くすんだ虹色の油がじゅわりと染みだしてきた。たっぷりとした身を箸の先ですくい上げると、ふんわりと湯気が立ち上り、備長炭で焼いた魚の香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。口に含むとわずかな苦味と油の甘さが口いっぱいに広がり、夕神は思わず舌鼓を打った。

 秋と言えばサンマだ。

 本音は冷でも欲しいところだが、今はしごとの合間の昼食だ。夜まで我慢するとしよう。

 冷の代わりに白米をかきこんでいると、目の前の席に座っていたナユタ検事が、物珍しそうにじっと夕神を見つめていた。

「なんでェ」

「……いえ、日本ではそのようにサカナを食べるものなのだ、と……」

 ナユタは夕神が注文した焼きサンマに熱い視線を注いでいる。夕神の皿のサンマは、綺麗に背骨が取り外されていて、身の形がしっかりと残っていた。お手本のような焼き魚の食べ方だった。

 ナユタの隣にいた牙琉も珍しそうだ。

「ホント、綺麗に食べるね。なかなかそんな風には食べられないよ」

 牙琉の皿にも焼きサンマが乗っているが、夕神とは違う食べ方だった。決して汚くはなく、むしろ丁寧と言ってよかったが、夕神のような美しさはない。

「習慣でェ。考えたコトもねェな」

「まあ、キミ、見るからに作法にうるさい家で育ってそうだもんね」

「その……もし良ければ、教えていただいても?」

 ナユタの翠瞳が煌めいている。知識欲の旺盛な男だ。日本の作法が珍しいのだろう。

「ナユタ検事、箸は上手く使うよね」

「ええ。ホースケに負けるのがシャクなので練習しました。けれど、クラインは山奥の小国です。あまりサカナを食べる習慣がなくて……」

 少し恥ずかしそうに瞳を伏せるナユタの皿にある魚は、たしかに綺麗に食べているとは言い難い。皿の至る所に身が散らばっていた。見るからに外国人である彼を咎める気にはならないが、本人は羞恥を感じているらしい。

「そうだなァ。……魚の中心に箸で切れ目入れて、先に身ィ食って、尻尾を折って背骨を剥ぐだけでェ」

「雑な説明だなあ」

「こちとら、作法にうるさい家に育っただけで、別に思い入れなんざねェからな」

 牙琉は真似をする気はなさそうで、一生懸命なナユタの箸さばきを面白そうに眺めている。ナユタは、なぜあの説明でわかるのか、あっという間にサンマの背骨をぺろりとめくって身だけを残すことに成功していた。

「流石。器用だなあ」

「ありがとうございます、夕神検事。またひとつ、日本について詳しくなった気がいたします」

「そりゃ、結構なコトで」

 夕神は笑って、自分のサンマを口に運ぶ。ナユタはどこか満足そうだ。

「日本は作法が美しい。この国の好きなところです」

「最近の子はそうでもないけどね」

「ああ……そう言えば。宝月刑事は夕神検事のようには食べていませんでしたね」

「なかなかこんな風に食べる子はいないってコト。……希月弁護士はどう?」

「うちのはちゃんと食う」

 うちのは。牙琉はなにか言いたくなって、やめた。藪蛇になるだろう予感があった。

「……へぇ。そうなんだ」

「ココネの母親が食べ方にうるさかったからなァ。俺も姉貴もこんなだし、まあ、どこに出しても恥ずかしくはねェな」

「なんで自慢げなんだよ」

「まず、美味そうに食う。大事なこった」

 夕神は最後の白米を口の中へ入れ、箸を置いてから手を合わせた。それを見て、ナユタは一度頷く。

「……食事は、美味しくいただく。一番大切な作法ですね」

「そういうこった」

 ナユタが微笑んだので、夕神も笑った。2人を見て牙琉も口角を上げる。

「じゃ、今度は希月弁護士も誘って食事に行くか。美味しそうにご飯を食べる女のコって、連れて歩きたくなるよね」

「……俺の目が黒いうちは2人で出歩けると思うなよ」

「別に2人でなんて言ってないだろ! 手刀構えるのやめなよ」

「食事は静かにするものですよ。いい歳をした男が情けない」

「食事の話じゃねェ。ココネの話だ。すっこんでろ!」

「もっと情けないよ!」

 

 

 その日、突然夕神から「サンマ食うぞ」と誘われた心音は、喜んで秋の味覚を楽しんだ。

 

 

『秋の味に踊る男ども』Closed.