花火と浴衣


 

「むむむ」

 心音はひとり、和服店の前で唸っていた。目の前には浴衣が二着、ハンガーに吊るされている。黄色の生地にひまわりが描かれた浴衣。もう一方は、黒地に朝顔が描かれた浴衣。

 今度、夕神と2人で花火大会へ行くのだ。

 普段の彼を見ていれば、浴衣はかなり好きそうな衣装と言える。心音としては幼少時に着て以来になるが、それも自分の興味をそそった。着付けは友人に頼む予定だ。

「ううーん」

 黄色の浴衣は、いつもの自分らしい明るい雰囲気。ひまわりは白い糸で描かれているので、幼すぎることもなくて自分に似合うだろう。帯はリボンと同じ青色にしようかな。

 黒色の浴衣は、いかにも大人っぽい。朝顔は濃紺と紫のグラデーションで、夕神が好みそうなしっとりとした雰囲気。でも、自分には少し背伸びしすぎているようにも思う。

「お嬢ちゃん。迷ってるなら、一度着てみるかい?」

 店のおばちゃんが、あんまり悩む心音に笑って声をかけてくれた。

「いいんですか?」

「おばちゃんは彼氏のために悩むかわいい女の子の味方だよ」

 そう言われて、とたんに気恥ずかしくなる心音。けれど心からの善意だというのがわかって、ありがたく浴衣を着せてもらうことにした。

 まずは黄色い浴衣。明るい雰囲気が思惑通り、心音のイメージにぴったりだ。心音の希望通りである明るい青色の帯がアクセントになっている。

「よく似合ってるじゃないか」

「えへへ。ありがとうございます!」

 おばちゃんも満足そうに頷いて帯を仕上げてくれる。出来上がった姿を、姿見からスマートフォンで写真におさめた。

 次に、黒い浴衣。これも案外、似合っていた。おばちゃんが気を利かせて髪をアップに結い上げてくれたこともあるだろう。少し化粧をすれば、心音が普段主張する「社会人」の身分が通用しそうだ。

「お嬢ちゃんの雰囲気からすると、こっちは意外性があるね。どうする?」

「ううーん……夕神さ……えっと。か、カレシ! の好みからすると、こっちなんだと思うんですけれど……」

 だが、心音が必要以上に背伸びするのを、夕神は嫌っていた。年相応の成長期を与えられなかったことに後ろめたさを感じているらしい。心音が大人だ、社会人だと言う度に少し傷ついているのを知っていた。

 そういうイミで、大人だって主張したいわけじゃないんだけどな。

 夕神の隣に並んでもおかしくないよう、一人前に見られたいだけだ。夕神迅という男にふさわしい女になりたいだけだ。

 心音は、また唸った。唸りながら姿見に写る自分の姿を撮影する。

「しのぶに訊いてみよっと」

 親友のアドレスに写真を二枚添付して、一言メッセージを添える。

『夕神さんって、どっちが好みかな?』

 浴衣を着替えてからスマートフォンを見ると、早速返信があった。信頼する数少ない友人は、どっちと言うだろうか?

 メールは、なぜか夕神からだった。

「あれ?」

 メールを開くと、いつも通りそっけないほど完結な文章。

『どっちも、買え』

「え」

 恐る恐る送信履歴を確認。直前のメールは、確かに夕神に送っていた。誤送だった。

「の、ノオオオオオオオオオ!」

 わたしのバカ! 内緒にしてびっくりさせたかったのに! 柄まで丸わかりじゃない!!

 頭を抱えて二着の浴衣の前でうずくまる心音に、もう一通メールが届く。やはり夕神からだった。

『どっちも、よく似合ってる』

 顔に火がついたかと思った。心臓も爆発しそうだ。5分後には爆発しているかもしれない。息苦しくて、口をぱくぱくと開閉させる。

 普段褒めることの少ないひねくれた彼が、褒めてくれた。

 それが、とてもとても。うれしい。

「さて。お嬢ちゃん。どっちにする?」

 店のおばちゃんが、気のいい笑顔で心音に問いかけてきた。涙目の心音。

「……両方、ください……」

 おばちゃんがうれしそうに、二着の浴衣を包んでいる最中。心音は夕神にメールを一通送信した。

『二着とも着たいので、この夏、二回は花火大会に連れてってくださいね!』

 

 

 

『花火と浴衣』Closed.