教えて
「夕神さん、ぎゅってしてください!」
心音が突然真面目な顔をして言った。夕神は無視をして本を読み進める。
「聞いてくださいってば!」
文庫本を取り上げられたので、仕方なく心音を見た。こちらを睨んでいる。
「どうした、突然」
「最初に訊いてほしかったです」
「今訊いた」
心音はむっと頬を膨らませた。
「人肌が恋しいので、ぎゅっとしてください!」
「さっさと寝ろ」
文庫本を取り返すと、思い切り腰に抱きついてきた。ぎゅっとされてしまっている。夕神は盛大なため息を吐き出して、栗色の頭を撫でてやった。
「オラ、満足したか」
「やだー。夕神さんにぎゅっとしてほしいんです!」
夕神は面倒くさくなって、腰に張り付いた心音をひっぺがした。正面に正座して座らせると、自分も胡座をかく。視線で時計を示してやった。もう11時を回っている。
「この時間にそんなコト言うイミがわかってんのか。わかってねェんだろ。とっとと寝ろ」
夕神の説教に、心音はなぜか困ったように首を傾げられた。
「……流石に、イミくらいわかってますよ?」
「………………」
「……誘ってた、のに」
思わず、無言になる。なんと言えば良いのか迷っているうちに、
「あ。『喜』の感情が」
「黙りなァ」
反論してから、夕神はゆっくりと両手を広げた。意図を察した心音が、笑顔で飛び込んでくる。
「もー、夕神さんってばえっちですねぇ」
「やかましい。……もう少し、色気のある誘い方はできねェのか」
「教えてください!」
元気いっぱいに応えられて、夕神は黙った。とりあえず、頭を撫でる。
色気はないし、まだ子どもっぽいし、一体なぜ自分はこんな娘に……。
「えへへ。夕神さんに教えてもらうの、楽しみだなー」
「…………」
──まァ、いいか。
色気もオトナの作法も、自分がたっぷり教えてやればいいだけだ。
『教えて』Closed.